前回はお初ということもあり、QEDさんやリュウゲさんのある「十三」でした。
今回は、十三の対岸(淀川を挟んでるので)にあたる「梅田」について書きます。

↑アクティ大阪。JR大阪駅と大丸梅田店及び専門店街が一緒になってる複合商業ビル。
梅田(うめだ)とは、大阪府大阪市北区に属する梅田駅(阪急・地下鉄・阪神)・大阪駅(JR)などを中心とする街を総称していう。
また「梅田」のことを「大阪」と呼ぶ場合もある。
大阪には二つの大きな繁華街が存在し、南海電鉄の難波駅・戎橋商店街・千日前・道頓堀辺りを中心とした一帯を「ミナミ」と呼ぶのに対して、梅田・福島・曽根崎や曽根崎新地周辺一帯を「キタ」と呼ぶ。
どちらも大阪を代表する繁華街である。

↑新梅田スカイシティ。女性の建築家が設計したことと奇抜なツインビル及び空中庭園があることで有名な超高層オフィスビル。
梅田界隈は、高層ビルや百貨店、ホテル、劇場などが立ち並び、日本を代表する高層オフィス街となっている。
なお、梅田周辺は伊丹空港の発着航路上に当たる為、航空法[1]により、約190m以上の建築物の建設が禁止されている地域でもある。
もともと梅田一帯は、明治以前旧国鉄が開通するまでは、田畑ばかりの「ドタ」と呼ばれる寂れた土地だった。
「梅田」という名称は、田畑池沼を埋め立て土地を拓いたことから付けられた「埋田」を語源としているといわれ、後世になってこの埋田では縁起が悪いという事で現梅田地域の氏神さまである綱敷天神社や露天神社(お初天神)に縁のある梅の字を、埋田にあてて「梅田」となったといわれているのが通説である。

↑ハービス大阪。西梅田地区にある複合商業施設。正式名称は梅田阪神第1ビルディング。高層ビルがホテル・レストラン・商業施設一部賃貸オフィス。低層ビルが商業施設とレストラン街。西梅田再開発の一期目工事として着手された。
この梅田の名の由来となった梅は、1871年まで太融寺町(現在は茶屋町に移転)にあった綱敷天神社御旅所境内の梅塚と呼ばれる紅梅の事だそうです。

↑HEPファイブ。ビルの中に赤い大観覧車が回ってることで有名です。画像は夜間照明に照らされた観覧車とHEPファイブです。また1階には石井竜也がデザインした赤いクジラのオブジェが2つ吊るされています。ちなみに大阪人の間では「HEP」というとこの「HEP FIVE」を指す事が多い。
梅田の範囲
北は中津駅付近、済生会中津病院くらいまで。
南は北新地駅=国道2号まで、それ以南は北新地である。
東は新御堂筋くらいまでで、それ以東は曽根崎か太融寺でしょう。
西は出入橋くらいまでで、それ以西は福島となります。
住居表示上の梅田は、駅前ビル4つと阪神百貨店、ヒルトンホテルが梅田一丁目、新しい阪神ビルHN2からスノークリスタルまでが梅田二丁目、毎日新聞から大阪駅全部が梅田三丁目である。
従って、曽根崎警察、阪急百貨店、阪急梅田駅、ヨドバシカメラ、梅田貨物駅、梅田スカイビルは梅田という住所ではありません。
特に、梅田スカイビルは、旧大淀区に位置するので、大阪市北区ではなかった地域です。
住居表示の実施前は、阪神百貨店は「おおさか/うめだ/いちばんち」にあったので、コマーシャルソングで歌われていた。
住居表示は13番となったが、現在も地番は「1番地」である。なお、阪急百貨店、HEPナビオ・ファイブは角田町に所在します。豊崎や中津のあたりまで「梅田」の名前のついたビルやマンションは結構多いです。
街の紹介
繁華街その1(大阪駅南側)
主に阪急百貨店(うめだ阪急)、阪神百貨店、アクティ大阪(大丸百貨店梅田店)が近接して建つ地域。この付近一帯が梅田の中枢となっている。
阪急百貨店の東側にはHEP NAVIO、HEP FIVE、阪急グランドビルなどの阪急グループが経営する施設が立ち並んでいる(阪急村)。また、阪神百貨店の南側はかつては闇市の面影を残す民家の密集した薄暗い一帯であり、買収等再開発区画整理に非常に手間取ったが、今や高層ビルの建ち並ぶ近代的な区画となった。中でも大阪マルビルはその独特な外観から梅田の象徴的存在であり、2003年まで最上部に設置されていた電光掲示板は梅田の名物でもあった(2005年10月4日に部分的に復活)。
近隣にはヒルトン大阪、梅田DTタワー、大阪駅前ビル(第1、第2、第3、第4)、新阪急ビル、ショッピングビルのイーマなどが建つ。(ダイヤモンド地区)
繁華街その2(茶屋町周辺)
大阪駅から見て北東方向に位置する茶屋町周辺は1990年代に入ってから急速に発展した地域。
阪急三番街や古書店が軒を連ねる阪急古書のまち、飲食店や居酒屋が軒を連ねる阪急かっぱ横丁などは以前からあったが、茶屋町が脚光を浴び始めたのは毎日放送(MBS)が移転し、梅田ロフトが出来た位からだといわれている。
1992年には劇場・ホテルを備える「ちゃやまちアプローズ」が完成、2005年にはショッピングビルのNU chayamachiも完成するなど順調に開発が進んでおり、隣接する東地区には30階〜40階 建ての、また大阪東急ホテル跡地には24階建ての複合ビルがそれぞれ建設される。
繁華街その3(北梅田地区)
大阪駅北側の地域。2001年にヨドバシ梅田が開業してから注目され始めた。三越百貨店が主要テナントとして入居する予定の大阪駅北ビル建設や梅田北ヤードの再開発などが今後計画されており、中核をなすナレッジキャピタルには松下電器産業や大阪大学などが入居する予定となっている。完成すると170〜180m級の高層ビルが数棟立ち並び、また大阪駅北口前には広大な駅前広場が設置される予定だ。
歓楽街その1(北新地)
曽根崎通(国道2号)より南の地域を指す。
バブル期には高級クラブなどが軒を連ね、上級の歓楽街として位置付けられていたが、近年は庶民的な居酒屋や飲食店なども増えている。
風俗店が比較的少なく、客引きなどもあまり無い事から安心して飲みに行ける歓楽街としてバブルの頃とは違った理由で人気である。
歓楽街その2(小松原町、堂山町、曽根崎二丁目周辺)
主に阪急東通商店街、お初天神通り周辺。居酒屋や寿司屋、お好み焼き屋が数多く建ち並ぶ他、パチンコ店やゲームセンター、風俗店なども数多く建ち並んでいる。
最近は以前に比べると随分風紀も改善されて来たが、それでも相変わらず客引きなどが多く、環境はおせじにも良いとは言い難いのが現状である。客層は圧倒的に若者が多い。
ちなみに、曾根崎(そねざき)は、大阪市北区の一地名。
曽根崎心中の舞台にもなった露天神社(お初天神)がある。
曾根崎とは「荒れ果てて痩せ細った土地」という意味だが、今は紅灯の地となっています。
戦前の曽根崎は、御茶屋などが並び、三味線や小唄が聞こえる、京都の祇園のような風情のある雰囲気を持っていました。
また北新地と呼ばれる地域の一部の正式な地名は、「曽根崎新地」です。
オフィス街(西梅田地区)
主に四つ橋筋より西側の地域を指す。1990年代後半から急速に発展、現在では梅田周辺で最も高層ビルが密集する地域にまでなった。
阪神本線を地下化した際、線路によって分断されていた地域の再開発の一環だったが、阪神電鉄が建設したハービスOSAKAなどの周辺施設充実にともなって当初の予想以上に発展。
2004年のハービスエント(それまであった旧ホテル阪神や新阪神ビルの解体跡)完成をもって、この地域の開発は一応一段落した。現在は敷地南側でサンケイビルの建て替えが行われており完成すると34階建て、高さ176mの高層ビルが出現する。
また毎日新聞社も大阪本社隣接地に高さ99mのテナントオフィスビルを建設しており、周辺はいくつもの再開発計画を抱えている。
地下街
梅田の地下街は北は茶屋町近辺から、南は堂島、東は堂山町、西は福島近くまで広がっている。構成する主な地下街はホワイティうめだ、ディアモール大阪、ドーチカ(堂島地下センター)など。これに加えて、阪急三番街や、ギャレ大阪、大阪駅前ビル、富国生命ビル、新阪急ビル、ハービスオオサカなどのビルの地下階が地下街とほぼ一体化した形で構成されており、それら全てを合わせた地下街の総面積は世界一とも言われている。
阪急村
東側一帯の阪急グループの商業施設が建ち並ぶ地域を“阪急村”と呼ぶ場合がある。
梅田北ヤード
JR大阪駅の北にある、梅田貨物駅を中心とする地域のことである。現在は貨物駅敷地全体で再開発が始まっている。

↑西梅田ガーデンシティ。一応再開発は収束を迎えたが、サンケイビルや毎日新聞ビルがまだ建設中である。
やっぱり夜景はいいよね。
次回は「難波」辺りにしようかな…??