
エリザベート・バートリは、1560年ハンガリー・トランシルバニア地方の名家、バートリー家の娘として誕生。
バートリー家は、名門ハプスブルグ家との繋がりもある古い貴族の家柄だ。その血筋は13世紀までさかのぼることができ、バートル(強者の意味)の異名を持つブリッキウスという人物を祖に持つ。トランシルバニア各地に半独立の領主国を持ち、歴代の枢機卿やハンガリーの大臣トゥルゾ・ジェルジ、果てはポーランド国王シュテファンを出すほどの名家でもあった。
エリザベートの父ゲオルグ・バートリーと、母アンナがいとこ同士であることからも、血縁を重視した貴族であった。
ちなみに、この二人の間には愛と呼べるようなものは存在しなかったといわれている。
エリザベートの少女時代は、不遇のものであった。バートリー家が名門であるがゆえに、11歳のときからその身を結婚相手に委ねられていたのである。相手は、ハンガリーの貴族フェレンツ・ナダジー伯爵である。このナダジー家も900年以上続いた由緒正しい軍人貴族の名門である。
彼女の不幸は、この婚約者ではなく、婚約者の母ウルスラ・ナダジーと出会った事であった。口やかましいこの養母を見るや、エリザベートは一目で嫌いになった。その大嫌いな養母のもとで、何年も花嫁修行をさせられたのである。
後のエリザベートを生み出した原因は、バートリー家の両親からの愛の欠如と、この養母との確執だったといわれている。
1575年5月8日、ナダジー伯爵は26歳、エリザベートは15歳で結婚し、ハンガリーのニートテ地方にあるチェイテ城に移り住む。後の悲劇は、全てこのチェイテ城を中心に起きたのだった。
ナダジーは「ハンガリーの黒い英雄」として知られるようになったほどの国民的英雄で、戦場に出陣することも多く、良い夫ではなかった。戦国時代であたため、夫ナダジーは自分の領地や家族を守るために城を不在にしていたからだ。
ナダジーを責める事はできない。戦わなければ、自分達が死んでしまうのだから。だが、それが魔女を生み出す事になってしまった。
城を空けるナダジー。暇をもてあましたエリザベートは、下男のツルコから、様々な魔術を学んだ。そのことをナダジーへの手紙に書き記してさえもいる。
内容は、これを相手に塗れば戦わずして相手を殺せる。とか、そういえった内容であった。
これは、ただ魔術に没頭していたのではなく、早く夫に帰ってきて欲しい、戦場から帰ってきて欲しい。そんな彼女の寂しさを綴った手紙であった。しかし、軍人として才能に恵まれたナダジーには、文人としての才能は欠如していたのだろう、ろくに返事を書く事も無く、戦場を転々としていた。
やがて、エリザベートは不貞を働くようになったという。だが、この不貞の内容は様々で、どれが真実かは不明だ。結婚前には妊娠していたとか、駆け落ちを何度もして城に連れ戻されたとか、同性愛に耽っていたとか、身分を偽り城下町で娼婦として働いていたとか。いずれにせよ、この浮気な妻を夫ナダジーは寛容にも許した。
彼女は、恐らく不貞などしていなかった。ただ、夫の気を引くために女中にウワサさせたくらいだと思われる。だが、それに夫は気付かなかった。そして、それは思わぬ方向に向かう。
姑のウルスラはエリザベートを許そうとせずに、エリザベートを厳重な監視下に置いた。夫の気を引くハズが、姑の目を引いてしまったのだ。
うるさい姑にほとほと嫌気がさしていたエリザベートは、気分を晴らすためだろうか?ウルスラの使用人を地下室に閉じ込めて、拷問して殺害してしまう。
この時、エリザベートに従って拷問に協力したのはエリザベートの乳母イロナ・ジョー、執事ヨハンネス・ウィヴァリー、下男のツルコ、女魔術師ドロテア・ツェンテス、森の巫女ダルヴァリといった面々だった。彼彼女らは、後にエリザベートが「血の伯爵夫人」となるまで、従い続ける事になる。
さて、姑との確執がしばらく続いたものの、エリザベートとナダジーとの間に3人の息子と1人の娘が生まれると、それも収まったかのように見えた。エリザベートは良い妻となり、ウルスラはそれを暖かく見守る。嵐は過ぎ去ったと誰もが思った。
1600年(1604年という説もある)、エリザベートが40歳の時、夫ナダジーが死に、次に口うるさい姑ウルスラが死んだ。ウルスラは、毒殺されたとも言われるが、真相は謎である。
まあ、エリザベートの姑嫌いを考えれば、彼女が毒殺したと考えるのは妥当なのだが。
エリザベートを抑える者が一人もいなくなり、エリザベートは魔女へと変貌していく。
当時の彼女にとって、最も重要なのは美貌であった。
フランスの女流詩人、ヴァランチーヌ・ペンローズの書いた伝記によると、エリザベートの日常は次のようなものであった。
宝石を並べて鏡の前で衣装を着替えたり、女中に髪の毛を梳らせたり、肌の手入れを丹念におこなったり。時には魔女の大鍋のようなもので草をぐつぐつと煮立てて、肌を綺麗にする薬を作ったり。
そんな、美貌に執着する彼女が流血の饗宴を開いた時期は不明だ。ある説によると、女中を折檻した時に返り血を浴びたエリザベートは、血ををぬぐおうと肌に触れてみると、そこが若返ったかのようにしっとりとしていた。エリザベートはすぐさま女中を殺し、全身に血を浴びた。こうして血液による若返りを彼女は発見した。と、いうものだ。
何にせよ、抑えのいなくなったエリザベートは、ほどなくして美貌を保つために血を求める魔女となったのだ。
何故、そこまで美貌を保つ事に執着したかは解っていない。だが、四人の子供を産み、女性としての盛りを過ぎたエリザベートにとって「老い」が忌むべきものになっていたのは事実だったが。
エリザベートは、執事ヨハンネス・ウィヴァリーらに命じて次々と女中を殺していった。
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